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有田 和徳 先生 報告
第2回ネパール日本脳神経外科学会特集

鹿児島大学脳神経外科学教授
有田 和徳

  今回のネパール-日本脳神経外科会議は、私にとって1997年以降6回目のネパール訪問となります。
過去の訪問を振り返ってみると、最初は1997年7月、AANIからの派遣で、日本から帰国直後のパント氏を取り巻く状況、とりわけTUTH(トリブバン大学附属病院)と国立Bir病院で萌芽的に開始されていたネパールにおける脳神経外科の現状視察(fact finding mission)でした。この訪問を通して、TUTHという回路を通じたネパール国における脳外科の発展という見通しが厳しいものであると感じ、そのように報告をさせていただきました。この時にパント氏と共に、新たに脳外科診療を開始したいと考えている3つの医療機関を訪問しました。カトマンズモデル病院はそれらの中では、最も規模が小さく、建物も貧相な施設でした。しかし、同病院の理念はパント氏の夢と重なり合う部分が多く、1998年1月、パント氏はTUTHを辞し、カトマンズモデル病院で脳外科診療を開始することになりました。
 2回目の訪問、1999年2月、カトマンズモデル病院での脳外科手術の技術支援。下垂体腫瘍と三叉神経痛の手術。3回目2000年8月、三叉神経痛、頚髄腫瘍などの技術支援。この年、カトマンズモデル病院での脳外科手術は約200例に達しました。4回目2002年3月、てんかん外科の指導。ネパールで最初のてんかんの外科治療を実施。5回目2004年10月、移転し新しくなったカトマンズモデル病院でてんかんの手術、脊髄腫瘍など。6回目2006年9月、今回の訪問では、学会参加とともに、2例のてんかん手術の技術指導を実施させていただきました。現在、パント氏はカトマンズモデル病院を中心に年間300例を超える脳外科手術を行っているそうです。
 パント氏は、この9年間、どちらかというと貧しい人々を対象にした医療NGOであるカトマンズモデル病院での診療を通して、ネパールにおける脳神経外科学の基礎作りを行うとともに、後進の育成にも努められ、既にネパールにおける若手脳外科医のチームのリーダーとして活躍中です。また、今回の第2回ネパール-日本脳神経外科会議では、指導力と組織力をいかんなく発揮され、同会の成功を支え、今後の発展の展望を開かれました。同会議の成功を基礎に、ネパールにおける脳神経外科学の発展に拍車がかかるものと期待します。
 私はAANIの皆様の御支援のおかげでネパールの脳外科の黎明期に関与することが出来、その中で人としてあるいは脳外科医として極めて多くの事柄を学ぶことができました。今後も互いに学び合う関係の中で、ネパール脳外科の発展のための微力ながら寄与できればと考えています。