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バサント・パント 先生 報告
第2回ネパール日本脳神経外科学会特集

大西脳神経外科病院
大西 英之

 昨年9月にネパールのポカラで第2回ネパール-日本脳神経外科会議がパント先生の主催の下に開催されましたので、久しぶりにネパールを訪れました。不安定な政治、経済情勢の下なので出国することを少し躊躇しておりました。又、出国予定の前日になって、タイでクーデターがありバンコック空港が閉鎖されたとの情報が入り、中止しようかとも思いましたがせっかく予定しているので、行ける所まで行ってみようと出かけましたが、道中まったく快適にカトマンズに到着しました。


学会場で、パント先生ご夫妻、加藤先生とともに

 例年は乾季に当たる季節なのですが、地球温暖化のせいでしょうか学会期間中ずっと雨でポカラの町から眼前に見えるはずのマチャプチャレやアンナプルナはとうとう美しいその姿は見せてくれませんでした。又来いということでしょう。
 十数年ぶりのカトマンズはただ人口が多くなっただけでごたごたとした町になった印象を持ちました。あとで聞いた話では地方の治安が悪くなり、あちこちから人々がカトマンズに逃げてきているのだそうです。医療以前の社会基盤の整備が緊急の課題と思われました。


手術を依頼された症例のMRI
巨大頭蓋底腫瘍が映っている

 さて、学会のほうはパント先生を中心として和気藹々として、全て手作りの学会でプログラムの作成から、開場設定、進行などそれぞれの立場で一生懸命やっている姿に感動しました。これからさらに発展されると確信できました。
 学会のテーマは脳神経外科知識・技術の普及で、日本からの多くの医師が参加し活発な講演がたくさん行われました。イタリアのブリコロ教授からも脊髄腫瘍の手術について、豊富な手術経験を基にした講演も大変勉強になりました。小生も30数年前に、まだCT,MRI,DSAといった診断機器はもちろんのこと手術用顕微鏡がなかった時代に脳神経外科の勉強を始めた世代でしたので、どのようにして脳外科を勉強したのか、どのように日本で脳外科が発展してきたのかなど3題講演をしました。開発途上の国での日常診療に少しでも役に立ったのではないかと思っております。
 学会の翌日カトマンズモデル病院を訪問しました。想像していたとおりの病院でした。医療保険がないこの国でお金が払えない多くの患者を見ました。パント先生がこんな困難な状況で脳神経外科医療を開始され、ここまでやってこられたのかとその情熱と責任感に改めて敬意を表しました。
 翌日、頭蓋底の巨大錐体斜台部髄膜腫の手術を引き受けましたが、日本の30年前以下の手術機械しかありませんでした。開頭は糸鋸と骨かんしを用い、顕微鏡は可動性のないもので、光源が弱くてほとんど見えず。双極電気メスはありましたが、超音波メスや高周波メスは無く、手術の途中でもう逃げ出したい思いでした。九大名誉教授の福井先生の総指揮の下、鹿児島大学の有田教授の助手で手術をさせてもらっているので日本の脳外科の名誉にかけて、とにかく後遺症だけは出すまいと皆必死で手術しました。何とか全摘出できましたが、植物人間になっていないか内心はひやひやしていました。翌日、回診に出かけると患者は覚醒しており、顔面神経麻痺も術前よりかなり良くなっておりました。麻痺や失調症も見られず、患者と握手し記念写真を取ってお別れしました。もちろん無料奉仕ですが、医者冥利に尽きることを実感しました。


手術翌朝、元気になった患者

 医療より食料、政治や経済の安定が第一の国にあって、脳神経外科よりもっとほかにすることがあるのではないかといった批判があることは重々承知していますが、脳神経外科の手術をすれば助かる患者さんが沢山いることも事実です。目の前にそんな人がいる限り急がなくても、一歩一歩脳外科の診療を続けることも大切ではないか。そんな思いを改めて感じた旅でした。