「ご縁」と「めぐりあわせ」から始まった出会いが、
いつしか「国境を越えたチーム」に。
出会いに感謝。そしてチームを担う若い世代のみんなに感謝! ANT通信より(2006年5月発行)
この頃“不思議なめぐり逢わせ”に生かされている私を感じることが度々ある。学校や公民館などで私の経験をお話しさせていただく機会が多い。よく「どうしてパキスタンやサラエボへ行くようになったのですか?」と尋ねられ、「かくかくしかじかで…」とお答えするが、そのように話している私自身が、これは『ご縁』『めぐり逢わせ』としか言いようがないと感じている。この『ご縁』が嬉しくてたまらない。そして『めぐり逢わせ』の醍醐味にすっかりはまっている。
プロジェクトをつくり運営していくことは大変なエネルギーと忍耐力がいる。体力・気力が共に備わっていないと実施は難しい。このすべてのことを私は『ご縁』と『めぐり逢わせ』からいただいている。心底ありがたく、幸いな人生であると感謝している。だからこそ若い人に「一緒に行こう。一緒にやろう。」と笑いながら声をかけ巻き込んでいっている。
シャムシャトーのアフガン難民の学校の先生たちが言ってくれた。「私たちはチームだ。リーダーは朋子さんだよ。」と。この言葉ほど今回のパキスタン訪問で嬉しかったことはない。そう私たちは“国境を越えた大きなチーム!”,自分たちの足で立ち自分たちの手で暮らし,生活をつくりだしていくチームなのだ。私たちを支えているのは「友愛」と「信頼」しかない。これ以上にこの世界で頼れるものはないと私は確信している。
シャムシャトーのアフガン難民キャンプで診療を担当してくれた女性医師Dr.ルビナに尋ねられた。「朋子はどうして遠いヒロシマからここへ来たの?」と。彼女にとってみればとても不思議なことなのだと思う。私はまず「ヒロシマ」について説明した。そしてヒロシマの市民の並々ならぬ努力を得てヒロシマが復興したことを伝え、同時に私が被爆2世であることも話した。「初めてここに来た時60年前のヒロシマの人々とこのシャムシャトーの人々とが重なって見えたんよ。もしヒロシマも世界の人々から見捨てられていたら、このシャムシャトーの人々と同じ境遇だったと考えると何とか力になりたいと思ってね。」言葉を交わしていく内にDr.ルビナの瞳は輝き「朋子、何としてでも毎週ここに来て患者さんを診察し私の全力をつくすわ」と約束してくれた。
JICAとの市民参加協力事業は本年の3月末に終了したが、ANTとHOPE’87とが協働して今もなお毎週土曜日のヘルスユニットでの診察は続いている。初日28人だった患者は現在60人となっている。忙しく働くDr.ルビナの姿が目に浮かぶ。Dr.ルビナの心を捉え、彼女を積極的にこの仕事に立ち向かわせているものは「ヒロシマの力」だと思う。
ご縁と言えば、ANTは「平和貢献NGOs」の構成員にもなっている。一昨年誕生したばかりの平和貢献を目指すNGOのネットワーク組織である。「1人では出来ないことも皆が力を合わせればやれる」の精神でインドネシアの津波の被災地の復興支援に取り組んだ。
今度はパキスタン地震の生活復興支援を目指す。平和貢献NGOsとANT-Hiroshimaのパートナープロジェクトだ。現地調査のため、4月21日~29日までANTから藤井富美さん,原田智佳さんという2人の若い人材をパキスタン
ムザファラバードへ派遣した。走りながら土台を固め、土台を固めながら将来のビジョンをつくるといった現状の中で、皆が歯を食いしばって頑張っている。今またここにセクターを越えた大きなチームが誕生しようとしている。
このチームの大きな力は若い世代が担っている。ともこありはそれが嬉しくて嬉しくて、ついついまた「若い力と感激に~~♪」と手を振って歌いながら歩き回っているのだった。
|