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看護師・助産師
平 岡 敬 子 パキスタン報告
〈看護師の目からみた事業実施地〉
ANT通信より(2004年4月号)
2004年3月19日から21日、ANTの渡部代表と共にシャムシャトウのアフガン難民キャンプを訪れた。訪問の目的は、このキャンプの健康問題を調査し、それを少しでも解決するためには何ができるのかを明らかにすることであった。私は難民キャンプはおろか、パキスタンも初めて訪れる地である。期待と不安の入り交じった複雑な気持ちで、埃の舞う雑踏を眺めながら、目的地を目指した。
ペシャワールから車で約1時間、シャムシャトウに到着した。ANT通信に載った渡部代表の報告から「廃墟」のイメージを想像していたが、広大な敷地に麦や野菜などの緑が生い茂り、一見するとのどかな田舎の風景であった。しかし、土壁で囲まれた家の中に一歩、足を踏み入れると、そこには想像を絶する世界があった。
<生存ぎりぎりの生活>
ある家庭を訪問した。そこには母親と5人の子供たちが住んでいた。1ヶ月の生活費は400ルピー(日本円で800円)。主食は配給の小麦でつくるナン、副菜は敷地内の畑に育てられているやせてひょろひょろした野菜である。それでも家族は私たちにチャイを振る舞ってくれた。母親は25歳というが、栄養不良と日焼けで深く刻まれた皺から40代に見えた。彼女は常に腹部に違和感があり、体力が落ちて水くみもできないと訴えた。子供たちは一見すると元気であるが、末っ子の女の子はトウモロコシのひげのような髪の毛をしており、蛋白質不足などの栄養障害が疑われた。
月に800円で家族6人が生活するなんて、日本では到底考えられないだろう。すり切れた服を着て、飢えをしのぐ程度のものを食べて、そこで生活している人々。暖かい風呂どころか、トイレすらない。この人たちは何を楽しみに生きているのだろう。彼らの生き甲斐って何だろう。私はいきなり先制パンチを受けた。
<どぶ水のような飲料水>
キャンプの住民が飲んでいる水を見せてもらった。井戸を汲み上げて貯留した水を女性や子供たちが水瓶に入れて、それぞれの家に持って帰っていった。井戸はかなり深く掘られているのだが、貯留している水には緑の藻がわき、昆虫の死骸も浮いていた。これを洗濯などの水仕事に使うと共に、沸かして飲料水にしている(先ほどの家庭で飲んだチャイは、この水だった?!)。キャンプの人々は下痢症を起こさないというから、不思議である。しかし、一旦アメーバ赤痢やコレラなどの感染症が発生したら、キャンプ全体に蔓延するのは必須であろう。
<長女の教育>
キャンプの子供たちは、昨年HOPE'87によってつくられた学校に通い、基礎教育と職業訓練を受けていた。机は2人に1つであったり、午前組と午後組に分かれて教育を受けたり、互いに文房具をシェアしながらの学習だけど、学校にいる子供たちの顔は生き生きとしていた。しかし、ここにもその恩恵を得られない子供たちがいた。それは母親の手伝いをしなくてはならない年長の女の子たちである。彼女たちは水くみや家事のため、学校に行けない。弟や妹たちは学校に行っているが、彼女たちはほとんど家にいる。時々、近所の同じ様な境遇の同年代の女友達と会うのが楽しみのようである。おしゃべりをしている時の彼女たちの楽しそうな笑顔が印象的であった。
また、別の家では12・3歳くらいの女の子が絨毯を織っていた。手慣れた様子で、一目ずつ、ナイフで毛糸を切りながら織り込んでいくところを見せてくれた。しかし、その小さな手にはナイフで切った無数の切り傷があった。また、絨毯の毛と床の土が埃となって狭い部屋の中に充満するため、女の子は周期的に咳をしていた。1枚つくれば500ルピー(1万円)になるという。6ヶ月かかるところを必死に頑張って4ヶ月で仕上げるという。これが家族にとって大切な現金収入になっていることは間違いない。
不平等はキャンプの内外だけでなく、キャンプの中にもあった。
<13歳の花嫁>
キャンプの家々を訪問していると、どこからともなく賑やか声と太鼓の音が聞こえてきた。その音の方へ行ってみると丁度、結婚式の準備をしている家があった。聞けば、そこの娘がペシャワールの男性と結婚するらしい。鮮やかなサリーに包まれ、うつぶせにしゃがんでいるその女の子は、まだ13歳だという。あどけない顔が化粧と緊張で真っ赤になっていた。ここでは、女の子は早ければ11歳で結婚をする。まさに初経を体験するやいなやの結婚である。その後、避妊はせずにひたすら子供を産み続け、20代後半には10人の子持ちとなる。
子供が沢山欲しくてたまらないないならば、そして健康ならばそういう生き方もあるのかもしれない。しかし、母体としての成長発達が不十分のまま、母親になったとしたら、当然、妊娠、分娩に伴うリスクは高くなる。狭骨盤による分娩の遷延あるいは停止、軟産道の裂傷、乳汁分泌不全、産褥のストレスによる精神障害等々。どうか、この女の子が健康で、そしてゆっくり妊娠するようにと祈らずにはいられなかった。
<村の長老たちの意見が一致>
キャンプの様々な健康問題の中で優先順位をつけ、プロジェクトを特定化するために、いろいろな立場の関係者に面接調査をした。キャンプの住民、シャムシャトウ地域の有力者、ソーシャルワーカー、医者、学校の教員、NGOのスタッフ等々、老若男女を問わず、「この難民キャンプの健康問題の中で最も優先されるべきものは何だと思いますか」という同じ質問をし続けた。すると、たいていの人が「母子保健」を優先されるべき問題として取りあげた。特に印象的だったのは、シャムシャトウ地域の行政職、政治家、ソーシャルワーカーなどの有力者が集まった会議の席で、彼らが異口同音に「母親と子供の健康を何とかして欲しい」と訴えたことである。彼らは、全員男性である。しかも女性の地位が低いとされているイスラム社会の男性たちである。その彼らが自分たちの問題はさておき、母子保健を最重要課題としてあげてきたということは、余程、身につまされる現状があることが容易に想像される。
キャンプの女性は、家族や親戚の女性に手伝ってもらいながら自宅で出産する。夜間は手伝いが間に合わず、1人で生むこともあるという。もし、分娩の経過中に大出血などの異常が発生すれば、車で1時間以上離れたペシャワールの病院に運ばれる。しかし、その場合、産婦の生命が助かる確率は2分の1だそうだ。
日本の妊産婦死亡率は0.008%(出生10万につき8)である。医療と公衆衛生の発達により、日本では妊娠・分娩で命を落とす妊産婦はほとんどいなくなった。途中で異常になったとしても大病院が最先端の医療を提供してくれる。お産は安全に行われるものであり、重篤な慢性疾患などの合併症がない限り、妊娠・分娩に生命の危機を感じる妊産婦はいないであろう。しかし、難民キャンプでは死は日常にある。出産は母子共に生命をかけた行為なのである。
<母子保健を中心とした保健医療支援>
難民キャンプでの訪問調査、関係者との話し合い等を通して、ANTの渡部代表には母親と子供をターゲットに母子保健を中心とした保健医療プロジェクトを立案することを提案した。今後、具体的にどのようなプログラムをどのようなかたちで実行可能なのかを持ち帰った資料をもとに分析し、さらになる検討を続ける予定である。
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